縁 二
信長の縁者もつかったと言う、
この露天の温泉は、
もともと、
葉ケ隠の里の者が掘り当てたそうじゃ…
龍馬と左近、綾之介は、三人、露天の温泉に浸かりながら、
陽気に喋り続ける龍馬の話を長々と聞いていた。
真面目な話なら、龍馬と左近は話が合いそうだ。
だが、男が三人も揃うと、次第に色艶の話題に逸れていった。
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「いや、今は通わせている女がいる」
左近は龍馬のもてなしを丁重に断った。
「そうか?いつの間に…
おんしは剣だけでなく手も早いのう。
この間、この土地に来たばかりだというのに。
まあ、ええ面構えしちょるから、
相手に困らんじゃろ…」
龍馬がやたら陽気になり、
左近の背中を腫れるほどバンバン叩いた。
左近は相当痛いだろうが、
表情を変えずに耐えている。
左近の長い髪が湯の中でゆらめいた。
古傷を隠すためのものなのか、
背中に爪痕でもあるのか、
左近は腰まで伸ばしたままにしてある。
さっきからずっと背中を向けて湯に浸かっていた綾之介がついと立ち上がった。
湯の深さは座れば肩の高さほどあるから、
右肩と上半身にサラシを巻いた半身が見えた。
「そのような浮かれた話には付き合えぬ」
と、岩場の向こうへ歩いていく。湯気の向こうで綾之介が湯から上がる音がした。
「生真面目な奴よ」、と左近が独りごちる。
「前髪で隠しているが綾之介殿も相当な美男子。
昨今、身分関係なく戦小姓に召し抱えられることも珍しくない。
その気になれば…」
「いや、無理だな…あの気性では」
左近は龍馬の話を折った。
「この屋敷に世話になった日。
壁の隅で4、5人に囲まれて
酒の相手を迫られていたが、
一人残らず手脚を折ってしまった。」
龍馬は閉口した。
「懐近くまで近づけるが、間合いに入ると…か。
無難にあしらうこともできんのか」
見せしめだろう、と左近は推測した。
いらぬ諍い(いさかい)を避けるために、
わざと誘って艶のある視線を巡らせたに
違いない。
「それで、通わせてる女とは里もんか?
わしが取り持っちゃるきに…どうじゃ」
龍馬は話を戻した。
「それが、名を語らぬ女でな…」
「なんじゃ、不甲斐ない。」
「確かに。」
左近は正直に、おのが未熟を認めた。
女が名を明かすのは、
夫婦になると了承した時。
古き万葉の時代に習って。
闘いは激化していた。
三人とも簡単に癒えぬ傷を負い、
己の死を近くに感じ取っていた。
龍馬が独り身の左近に、連れ添いのことを話題に出したのも無理はない。
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一度結んだ左近との縁に、
綾之介は潔く付き合った。
お互い明日をもしれぬ身。
自分の正体をすでに看破された相手に、
無駄な抵抗を続けるのも、
幼いことだと思った。
床では綾之介は女のふるまいしか知らない。
…綾女としての。
余計な時間をかけぬように、男の好きにさせる。
服を引き剥がされ、
精を注がれて身体が切なくうねる。
終始、声を必死でこらえた。
いずれ何かの目的で、
武家にでも嫁がせるために、
忍びの里で綾女はそう躾けられていたのかもしれない。
(快楽で力が入らない…この腕から、
逃れられない…。)
そんな綾女の姿は、左近には反応が薄いと受け取られたようで、
過分に責められる。
綾女は祈るような気持ちで、
天頂の月が沈むのを待つ。
やがてかすかに、恥じ入る思いで最期に漏らした綾女の喘ぎ声で、
やっと左近は満足したようだった。
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「そろそろ…
本当の名を教えてくれてもいいだろう、
…ん…?」
左近の甘い誘い声が、闇夜に届くか
届かないかの大きさで紡がれた。
明日の死闘を控えて、こんなに胸がざわつくのは
左近には初めてのことだった。
静かな安堵感の他に、妙な熱が胸に湧き上がり、
抑えきれない…
綾女は左近の問いに答えなかった。
たっぷりと時間をかけて、
褥に沈ませたはずの身体が、
突き放されるように離れたことで、
左近は我に返った。
まだうっすらと汗ばんだ
綾女の姿は扇情的であるのに、
先ほどの逢瀬はただの夢だったと、
綾女の背中は言わんばかりだ。
(綾之介は同じ闘いを経験したところで、
このような気持ちにはならないのだろう。
こ奴は、女なのだから。)
2018.01.03 脱稿
(無断転載禁止:雪独楽)