髪紐


 

 

(髪紐…)

辺りを探すが、ない。

先ほどの戦いでなくしたか…

 

左近と綾之介が組んで挑む戦は

奇襲か夜戦。

夜闇に紛れて、帰投する途中だった。

 

「大事なものだったのか」

「いや…もう古くて綻びていたからな」

 

綾之介の髪は雨に濡れて艶やかだ。

雨季に入り、ここ数日は泥のような

天気が続いていた。

 

すぐに諦めた綾之介は、前に溜まった髪を

横側から背後へ流した。

その仕草が自分で女みたいだと思ったのか、

乱暴にがしがしと頭をかいた。が、雨を含んだ髪は思うように乱れなかった。

 

「綾之介」

溶けるような闇の中、その手を掴まれた。

左近は左手の袂から何か取り出し、

綾之介の掌に乗せた。

 

「…?」

髪紐だった。美しい緋に金のような絹糸も

さりげなく織り交ぜたもの。

丁寧に輪にしてあり紐先は中央でくるりと

纏めてある。

 

 

「使え」

「いいのか?大切なものじゃないのか」

高価なものと察した綾之介は、尋ねた。

 

「身内の形見だが、俺が持っていても

使わぬ。おまえが使え」

 

その後、何か言いかけたが、

すぐに踵を返すと、照れくさいのか、左近は

そのまま先に行ってしまった。

 

その緋色の紐は綾之介の髪を結んでなお

余る長いもの。

女紐だった。

 

夜明けの朝議にきちんと髪をあげてきた

綾之介は、頭を傾けて左近に目配せを

した。整ったつむじが見える。

 

左近は目を細めた。

(いずれ女に戻っても)

似合っている、と心の中で思った。

 

 

 

 


2017.04.24 脱稿  

(無断転載禁止:雪独楽)