夜更かし


 

 

世にいう、

天正伊賀の乱の真っ只中。

伊賀と同胞であるはずの甲賀が、

信長側に寝返るという疑いが

濃厚になってきた。

そこへ、甲賀の使いとして、伊賀・百地殿の妹が

伊賀の本陣に姿を見せたという。

 

伊賀でも甲賀でもない我ら影忍びのうち、

龍馬殿が彼女に肩入れしているようだが…

…まさかな。

 

---------------------------------------------------------

 

未明。

 

「綾之介。

今日は龍馬殿と相部屋じゃなかったのか。」

 

屋敷に戻ると、庭の大木の幹枝に

綾之介が不機嫌そうに座っていた。

 

夜目だとよく見えないが、

目の下にくまをつくっている。

そして、

まるで怒りの原因が俺にあると言いたげな

表情(かお)だ。

 

「おまえこそ、こんな夜半に、

ひとり部屋から出てどこに行っていたんだ」

「鍛錬だ」

「女だろう」

 

綾之介は確信を突いたつもりだろうが、

生憎今夜は本当に鍛錬だ。

 

「俺の流儀は夜戦に重きを置いている。

 女の香りがするか嗅いでみれば良かろう」

 

綾之介は木から降りてきて、

俺の胸ぐらを掴んだ。顔に押し当てる。

「…汗臭い」

 

失礼な奴だ。

 

おのずと抱き合っているような恰好に

なった。

綾之介は自分の振る舞いに気づき、

あわてて俺から離れる。

 

隙だらけだ…。

 

草履の鼻輪を直すため、

縁側に腰を下ろした左近の傍に、綾之介も座った。

 

しばらくの沈黙の後、

ぽつり、と口火を切ったのは綾之介。

 

 

「龍馬殿がな、」

 

俺の頭の中を血潮がざっ、と流れた。

まさか、寝床で手を出されたんじゃあるまいな。

俺としたことが盲点だった。迂闊…。

 

「早めに休んでおられて、

私も部屋の隅でまどろんでいたら、

その、佳代どのが薄着で

部屋に入ってきたのだ。」

 

ん?まさか、まさかなのはそっちか。

 

「龍馬殿は驚いたようだったが、その、

すぐにお二方は…」

ところどころ途切れながら、綾之介は

必死に言葉を繋ぐ。

 

肝心なところが聞こえん。

それに、顔が紅潮して真っ赤になっている。

 

「私も一刻は息を殺して我慢したのだが、」

 

我慢したのか。

 

「三回めが始まった辺りから、

たまらず飛び出してきたのだ。」

 

…………。

 

「佳代殿は、伊賀・百地殿の妹君でありながら、

甲賀和田家に嫁したお方であるから、

辛いこともあったと涙ながらに訴えていてな、

龍馬殿は包み込むような優しさで佳代どのを

慰めていた。

 

報われぬ情を交わす二人に

私も涙が止まらなくてな、

とはいえ外は寒いし、どうしたものか…」

 

綾之介は口ごもってしまった。

要領を得ない話に俺は呆れながら、

受け答えてやった。

 

「おぬし…

龍馬殿の禁忌の逢瀬を相談したいのか、

今夜の寝床をどうかしたいのか、

何が言いたいんだ」

 

それとも。

 

「火照った身体を俺に鎮めて欲しいのか」

 

最後のひと言は余計な軽口だったが、

綾之介から意外な答えが返ってきた。

 

「全部だ!!」

 

なるほど…そういうことか。全部だな。

俺は綾之介を自分の部屋に引いていった。

 

 

 


2017.08.07 脱稿

(無断転載禁止:雪独楽)