悠久の夢

(夢想幻夜 閑話)


これは運命に塗りつぶされた

 

ありえぬ夢。 

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草原。

背丈ほどある麻の草むらの中。

 

兄上…?

何故、そう見間違えたのか。

体格も雰囲気も、違う男なのに。

 

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「おまえは何者」

間合いに入るや否や、凛とした声で咎められる。

「香澄進之介殿の妹君か…

俺は加賀日向の疾風左近」

「おま…いやあなたが 左近殿。」

 

薄紫色の小さなあやめの花を耳の下に挿す。

日向の地でしか咲かない種類だ。

ため池ではなく、野山に咲く。

 

そのまま頰をなぞると、綾女は

顔を赤く染めた。

 

「日向との間で縁談があるとは聞き及んで

いましたが」

感情は揺らいでいるが、身体は動じない。

いい女だと思った。

 

「俺は自分のことを他人が勝手に決めることが

嫌いな性質でな。だから直接」

左近はため息のように女の耳に囁いた。

「抱いてみようと思ってな」

 

次いで、唇を重ねようとした。しかし。

 

「気障な男だな。

おまえに私が手に負えるかどうか…」

挑発的な物言いに声音が変わった。

 

これは…一枚岩ではない女だ。

ますます知りたくなった。

首に吸いつく。

 

感情の流れにまかせて、着物を乱して

しまおうとしたが。

「この花がしおれる前に

屋敷に戻って活けてあげたい」

 

そう言われては手を離さないわけには

いかない。

左近は苦笑して腕を緩めた。

 

右脚をわずかに後ろへ下げると、

女は背面から宙を跳び、

左近の頭上にある大木の上に乗った。

 

着物がはだけて白い脚が見えたが、

女は気にしていない様子である。

 

 

「おぬしの名は…?」

左近は尋ねたが、彼女は答えない。

 

「また来てもいい。…待っている。」

それだけ言い残して、女は

霞のように消えた。

 

 


 

2017.06.25 脱稿 

(無断転載禁止:雪独楽)