夢想幻夜 閑話(弐・参)


 

遠い心。

 

 

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「自分の未熟さを棚に上げるな」

 「甘えるのもいい加減にしろ」

 

綾之介を睨む左近の物言いは怜悧である。

だが、次の日の早朝には2人して修行場の前に立っていた。

 

妖刀の扱いに悩む綾之介のために、

内庭にある草庵で幻悠斎の遺した書物を

物色し、これはと思うものを左近は説き聞かせた。

 

さらに、左近は実践の相手もした。

水辺で刀を振り払いながら、

「いいか。目で見て、耳で聞く。さらに

おのれの心で討つ。その刹那に命を賭けるのだ。」

 

そういえば先達て、

影忍の里を襲った三枝陣内。

その変化者を討った時はそんな心境だった。

 

 

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夜半、水場に青い雷が落ちる。

左近の太刀を叩き落とした綾之介。

 

幸い双方、たいした怪我はなかったものの、

態度は冷徹な左近が、命の危険も顧みず、

自分の修行にここまで付き合ってくれたことに綾之介は感謝の意を拭えなかった。

 

「このようなこと、たいしたことではない」

そう背中ごしに言われたが、彼の中には

途方もない他者への深い優しさが隠れている。

 

冷たい物言いは、彼を厳しく躾けた師匠か親御殿のもので、

彼自身の気持ちは深い海の中に閉じ込められてしまったのではないか。

 

綾之介の推測はそこまでだった。

左近の想いは深すぎて、

それ以上のことは未熟な自分にはまだ

分からないのだ。

 

 

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気力を使い果たして倒れてしまった綾之介を抱えて、

左近は草庵に戻った。

 

間仕切りの東奥にある、簾がかかった寝室が

左近の目に入ったが。

すぐに踵を返し、南庭に面した部屋の続き間に綾之介を下ろす。

 

覆い被さるように耳元に顔を近づける。

「明日、葉ケ隠に戻るぞ」

「あ、あ…」

まどろむ綾之介。

 

綾之介は今回の練担で左近にすっかり

気をゆるしていた。

 

(私はこの男に少しだけ兄の姿を重ね…

惹かれているのかもしれない)

 

「甘い…潮の香り…」左近の髪から香る、

優しい匂いに、気を失っていく。

 

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左近は、奥間の引き出しを開けて掛物を取り出すと、

壁にもたれる綾之介の上に被せてやった。

 

「綾之介?」返事がない。

「  ……   」

 

左近はずっと不審に思っていたことを、

確認する気になった。

 

綾之介の身体を静かに床に横たえると、

身体の稜線を、真近で舐めあげるように確認する。最後に、

綾之介の顎を持ち上げ、美しい面差しを眺めた。

 

 

こやつ、男を装っているが…まさか…

やはり…女…

 

 

夕闇が辺りを染めていく。

灯りをともすのも忘れて、左近は。

 

深い心の水底の中でずっと何かを

考えていた。

 

 

 

2017.05.06脱稿 

(無断転載禁止:雪独楽)