夢想幻夜 閑話(伍)
どうにもならない。
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綾之介が目覚めると夜半の月が出ていた。
綺麗な月の下に柱に持たれかかった左近が
座っている。
息を整え、
身体を起こして、忍び寄った。
音はさせなかったが、左近は気づいている。
左近は綾之介が見た者がいない、整った顔立ちをしている。
それに反して、
着流しの下には過酷な修練で鍛え上げられた肉体があり、刀筋には好戦的な若さが宿る。
己のことは何も語らないが、その姿に
彼の人生が現れている。
左近の影が灯りの中で色濃く際立っていた。
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「薬湯だ。お主も飲め。」
「なんだこれ…酒か」綾之介はあからさまに苦い顔をした。
左近は杯を取り上げると、綾之介がわずかに口を付けたそれを、一気にあおった。
「話がある。」
「おぬしの術、技はたいしたものだ。よき師に教わったのだな。鍛錬もよくしている。
なまなかな努力ではなかったろう。
だが兵法がまるでなってない。
猪突猛進もいいところだ。
一対一の真剣勝負ならまだしも、変幻自在の乱戦や騙し合いでは勝機がない。」
綾之介の顔から赤みが消え、俯き加減になった。叱られている子どものように。
「不得手なら、克服してみせる…」
「得手不得手の問題ではない。おぬしには
向かないのだ。このままでは最後の最後で
確実に死ぬ。」
情が強すぎるのだ。
たとえ妖刀の力を持ってしても遣い手が
これでは…。
左近は続けた。
「信長のことは俺と龍馬殿にまかせて
おまえはいずれ前線を退け」
いつの間にか、綾之介は肩を震わせていた。
「…私は戦うことしかできない…」
涙目になってしまう。
「私は…最後までおぬしと…龍馬どのと…」
左近はふいに綾之介のほうへ、手をのばす。
涙を拭うために。
(…ひとりで泣くのか。)
その姿に、胸が締め付けられた。
2017.05.31 脱稿
(無断転載禁止:雪独楽)