日照が強く、室内の影が濃い。

 

障子に近い板張りの部屋の奥、畳部屋。

襖と壁が作る三角の濃い闇の中。

 

残暑の蝉の声に、

綾女が伏せていた顔を上げると、

その下に左近の髪の色が見えた。

 

組み敷かれたような恰好になっている

左近が片手をあげて、

 

(まだ終わりではない)

 

と綾女の頬を撫でるが、

かぶりを振って、

綾女はそれ以上の交わりをいやがった。

 

小刻みに震える身を庇う。

 

理性を取り戻したおのが心についていけず、

身体が言うことをきかない。

どうすればいいのか分からない様子だ。

 

左近はそれ以上誘わず、つまらなさそうに

寝転がった。

無理やりに扱うのは好きではない。

新枕の夜は、どうかしてたとしか思えない。

互いに。

 

裸の身体を今更のように隠しながら、

綾女は散らかった着物を手に取る。

自分のものではない男ものは、

当然左近の着ていたものだ。

 

自分が脱がせたのだろうか…

覚えがない。

 

 

「忙しない」

と、左近。

「私はおまえほど暇ではない 」

綾女は即答する。

 

その声音はすでに、

綾之介のものに戻っている。

 

 

寝乱れた痕跡を丁寧に片づけながら、

綾女は、ふ、と微笑む。

 

「薄闇の中で快楽を貪り合うこの行為が

一体何になると…?」

綾女は自嘲気味に問うた。

 

目を伏せた、その睫毛が少し濡れて、

それなのに高慢な物言いの様子は、

左近には艶やかに見えた。

 

 

 

::::::::::::

 

残暑の厳しさで、綾之介は数日眠れず、

気乗りしない様子で火薬の調合をしていた。

 

人のいる場所では危ないからと

使用していない離れを借りたら、

そこに左近がいたのだ。

 

始めは気づかず、

黙々と作業を済ませていた。

にかわで封じた火薬玉を風呂敷に包み、

戻ろうとすると、かたん、と金属音がした。

 

(…危ないから人払いをしたはず…)

不審に感じて奥の間に足を運ぶ。

いやに暗い。

 

そこに左近が一人で、

板張りの涼しい場所で寝転がっている。

 

左近が舐めるような目で

自分を見ていた。唇が少しだけ開く。

 

(来い。)

 

綾之介は、手脚が痺れるように

力を失っていくのを感じた。

 

これは、この男の術なのだ。

そう自分を納得させて、

操られるように取り縋る。

 

それが快感の所為だとは

まだ知らない。

 

 

::::::::::::

 

 

綾女の問いかけは続く。

「おまえは私の業を…

まるで、道中荷物を分け持つような

気軽さで…」

 

「その身の上では如何とも、し難い時が

 あるだろう。

 こうした気安い間柄なら、

 気兼ねなく頼ることが出来るだろう?」

 

目を伏せたまま

左近は独り言のように

呟く。

 

「………。」

左近は、困った時に遠慮なく

便宜を図ってやると言っているのだ。

儚くはあるけれども…縁を結んだのだから。

見返りや貸しを考えない縁を。

 

「お主には損のない話だ」

 

綾女は考え込む。

(同志という関係だけではなく

縁を結ぶ…

左近は…どうなのだろう…

面倒なものを背負いこんだだけでは

ないだろうか。)

「おまえに、利があるとは思えないが…」

 

「たいしたことではない」

左近にはそう言ってのける強さがある。

 

綾女は起き上がり、

視線を彼方に向けると意を決した。

背中を、黒髪がさらさらと滑り、流れる。

 

「…明朝…峠を越えた山道を

信長らしき武家が

鷹狩り衆とともに通るそうだ。

奴だけは妖刀の刃でなくば倒せぬ。

私の背中を…おまえに頼みたい」

 

「ああ。…命をかけてお主を守ろう」

まるで飯でも食おうという口調で

左近は呟く。

綾女は目を見開いた。

(本気なのか?)

 

「本懐を遂げろ。綾之介。」

 

 

 


2017.09.17 脱稿(18.1.6加筆)

(無断転載禁止:雪独楽)