掌の届かぬ処


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爪楊枝がわりに茎を咥えて

青空を見ていた。

 

「おぬしにそのふるまいは

まだ早い」

 

突然ぐっと左近の顔が近づき、

口元の葉っぱを攫っていった。

 

呆気にとられていると、

もう一度顔が近づいてきた。

 

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川のほとりから、林の手前まで歩いて行くと適度に木漏れ日のある涼やかな斜面があり

防水堤代わりの潅木が繁る。

綾女は繁みの下に出来た半日陰に横になり、

まどろんでいる。

 

 

いくつかある忍びの里のひとつに、

いまは厄介になっている。

居心地が良い。

それなりの備えがあり、いつも気を張っていなくて済むからだ。日々忙しく、目が回りそうだが、こうして安心して休める場所があるのは有り難い。

 

唯一己の正体を知られている男の

腕の中だと、さらに安心する。

 

(あ…、また…)

ふと、重みを感じる。

気配もさせずに背中を取られ、脇から

忍びこんだ大きな掌が綾女の乳房に触れる。

そのまま我がもののように扱われる…。

(嫌ではない…)

優しいからだ。

 

やがて両胸がほぐれて先端が立ち上がり、

それも愛撫され始めると、さすがにたまりかねて綾女は背後の左近を腕で拒んだ。

 

いつもならこれでやめてくれるのだが。

今日はさらに抱かれる力が強くなった。

(あ?、あ…いや…いやっ…)

 

心の中で、

まるで子どものような悲鳴をあげるが、

人一倍強い綾女の自尊心が…

乱れた姿を男に見せたくないと、

声を押し殺させる。

 

「たかが、数度、抱いたくらいで、

この身体がおまえのものと思って

もらっては、困る。」

 

努めて冷静に窘めたつもりだが、

声が震えていたかもしれない。

口元に噛まされたのは己の上着の裾。

 

胸元が露わな格好になってしまったが、綾女はそれ無しではもう声を上げてしまいそうだった。

 

身体をたびたび上下に入れ替えて、

左近は綾女の乳房を愛した。

遠慮の無い愛撫を与えているのに、

綾女は落ち着いたふりをして、

健気に耐えている。

 

 

(…なぜかな…)

左近は己の衝動を訝しんだ。

 

(運命がおまえのものだけじゃ

無くなったからだろうな)

 

(おまえが手の届かぬ天ばかり見て

俺など見ておらぬから…)

 

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星が降っている…と思ったが、

瞼を開けるとまだ陽が天にあった。

凪が濡れた肌に気持ち良い。

 

綾女から離れていく温もり。

思わず裾を掴んでしまい、

慌てて手を離した。

 

居心地が悪くなって背を向ける。

どんな顔をすればいいのか分からない。

「もう少しここにいる…」

左近はどんな顔をしているのだろうか。

 

「そばにいる」

空から響くような、綺麗な声だった。

 

 

 


 

2017.06.25 脱稿 

(無断転載禁止:雪独楽)